2011年8月アーカイブ

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日本刀は戦国時代に於いて、実戦の武器として機能していました。

平和な時代、江戸時代に入ると、武士、サムライの

魂・象徴としての意味合いが強くなります。

それでも武士は武芸の鍛錬に励んだのでした。

しかし現実には特別の場合を除き、幕末まで真剣は使われる

ことはなく、日本刀は封印されたのです。

その代わりに、武士のたしなみとして技の一つに

居合い道があります。

居合い道とは、鞘から刀剣を抜き放ち

さらに納刀に至るまでの技術をいいます。

技術的には単にこれだけの仕草ですが

精神的にも鍛錬された技は驚嘆に値します。

居合道の究極の目的は、刀を抜かずして

敵に勝つことなのです。

江戸時代、武士は刀を抜くことはなかったのですが

抜いたら必ず勝つ鍛錬は必要だったのです。

 

日本刀は武器としてではなく、武士の魂、又一級品の

美術工芸品としての道を歩みます。

匠の技の結晶として日本独自の美術品として結実しました。

 

片や、居合の気は日本人の心の中にも「気迫」として

生きつづけています。

当社が運営している名古屋おもてなし武将隊も

最近ますますこの居合の気が増してきた気がします。

応援してくださる方々との絆も深まり

より一層精進をかさねています。

 

 

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私の母は郡上八幡の生まれ、旧姓は筧といい郡上青山藩に

十六代仕えた剣術・指南役の末裔と伝え聞いております。

幕末の折、藩は勤皇派、幕府派の二つに別れ

どう転んでも生き残れるような施策をとりました。

筧家は幕府派に付き、その結果、明治維新以降は

いわゆる没落士族となりました。

 

母は七年前に亡くなりましたが、生前はそれは厳しい人でした。

子供、特に末っ子の私には優しい母親でしたが

筋の通らないことは頑として聞かないところもありました。

凛とした佇まいは「たそがれ清兵衛」の

宮沢りえ役を彷彿とさせました。

 

高校時代に郡上出身のお手伝いさんが見えました。

ほんの1年間のご縁でしたが、最近その方が

<郡上の青い空の下で>という私小説を出しました。

その中に母が出てくるのですが、懐かしく読ませていただきました。

 

私はまだ一度も郡上八幡を訪れたことがないのですが

綺麗な水の川辺を、涼しい風が渡る

大変良いところだと聞いています。一度訪れてみたいと

思っています。

 

母のDNAが私の心に語りかけてくれる気がすることがあります。

 昔、弱虫だった私に「武家の子は泣くんじゃない!」と

やさしく怒られた時のように・・・

 

 

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山田洋次監督の3作品

「たそがれ清兵衛」「隠し剣・鬼の爪」「武士の一分」

江戸時代、武士道が武家の道徳として確立した時代を描いた

<時代劇・三部作>があります。

山田洋次監督にとっては、初めての時代劇映画。

なぜ彼はこの時期にこれらの作品を制作したのでしょうか?

 

今、世の中は病んでいます、

特に若者は行き場のない現実に翻弄されています。

監督はそのような世の中に、一石を投じたかったのでしょう!

 

武士道とは我慢の連続なのですが

庶民の憧れであり、絶対の信頼と尊敬を集める

<美しい品性>そのものであります。

それは武士たちがリーダーとして自己を高め、極限まで磨き

上げる道徳規範を築いてきたからに他なりません。

 

本当に成功したい人が真の成功に至る為の指針です。

人として生きる「道」、人を助けようとする「徳」

これを併せて道徳といいます。

それを武士たちは目指したのです。

 

この三作品の根底には、今の世の中が無くしてしまった

精神が描かれています。

それゆえに日本人の<こころ>を打つのです。

これらの作品がヒットするからには、

まだ武士道のDNAは日本人に残っています。

これらの道徳を若い世代に伝えたいものです。

 

その為に、私はまず山田洋次監督作品の

「男はつらいよ」をオススメします。

寅さんと武士道には通じるものがあるのです。

 

「そりゃ好きな女と添い遂げられれば、こんな幸せはないけどさ。

しかしそうはいかないのが、世の中なんだよ。みんな我慢して

暮らしてるんだから、男だって、女だって。」

(第20作「男はつらいよ 寅次郎頑張れ!」)

 

プロフィール

名前: 松波頼明
出身地: 愛知県
自己紹介:


sankosha

S cube Lab.

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