戦国の武将(パートⅣ)細川忠興

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戦国時代、当時としては奇異、仲の良い夫婦の代名詞、細川

忠興・細川ガラシャ(明智光秀の娘、玉子)夫婦の実態は

いかがなものでしたでしょうか?

色々と諸説はありますが、間違いなくかなりの、

美男・美女でした。忠興は茶道に長け(千利休に師事)、

又大変な筆まめでした。

足利義昭、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と仕えましたが、

特に関が原の戦いの後だけで情報交換のため諸侯に送った

書簡だけでも200通以上残しています。

朝鮮出兵の折、ガラシャ夫人に送った手紙に、

「秀吉にはくれぐれも注意して・・」

の一文、やはり夫婦仲はよく、ガラシャ夫人は相当の

美人の証明かも!!いつの時代にも美人で聡明な奥さんを

持つと気配りが大変ですよね???

ガラシャ夫人は石田光成・家康討伐の策として他の

大名家族と共に大坂城で人質となり自害しました。

細川家存続のために一命を捧げたのです。

その直後、細川忠興は関が原の戦いで大殊勲を挙げ、

その功績により豊前四十万石を賜りました。

以後、細川家は肥後に移り、300年後、18代目当主

細川護煕氏が79代内閣総理大臣となりました。

 

皆さんご存知のように、夫婦、男女の仲は大変難しいものです。

結びつきの強さは共に生きる長さだけでははかれません。

短くも熱く燃えつきる愛!!忠興・ガラシャの関係は

一つの究極の夫婦像なのかもしれません。

 

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