甲斐の国を旅する機会があり、戦国の武将武田信玄の人となりを 垣間見ました。
NHKの大河ドラマでも二度ほど取り上げられ(至近は山本勘助
中心)、時代小説などである程度の知識はありましたが、
現地では色々と新たな発見がありました。
現在、城郭跡は武田神社として祀られています。
ところが右隣(約200M)に当時の本物の本丸跡が発見され
発掘整備が進んでいます。
武田信玄は戦国一の軍団を作り上げた剛の者と知られていますが、
反面和歌を好み風流の道にも長けていたそうです。
又国内の治水工事を手がけ、信玄升と呼ばれる正確なハカリで
年貢を徴収し領民に大変信望厚き領主でありました。
☆ 信玄の軍事的アイデア・風林火山
① 情報機器
のろし台 国内の山の拠点に設置し、なんと越後の軍勢
(上杉謙信)が動けば半時で甲斐まで届いたようです。
② 最新兵器
国内最強の騎馬軍団(機動力)を要していました。
③ 臨機応変
甲斐には金山が多くあり、そこで使用する火薬を
城攻めに使いました。
④ 食品開発
甲斐で有名な鍋料理<ほうとう>は武田軍の軍事食です。
⑤ 人材登用
武田二十四将と呼ばれる個性溢れる人物を登用しました。
信玄は隣国諏訪を滅ぼした後、領主頼重の娘・由布姫を
側室にしました。由布姫は尋常隠れ無き美人でしたが、
胸を患い25才で亡くなりました。
病は信玄にうつり、又諏訪神社のタタリが信玄の命を
ちぢめたとも・・
皆さんくれぐれも美人には気をつけましょう!!
甲府駅に溢れる信玄関連商品、信玄もち、
信玄カステラ、信玄アイスなど風林火山の旗印のもと、
信玄は現在でも山梨県最大のブランドです!!
現代に信玄が生きていれば、広告業界でも
風雲児となったでしょう。

