戦国の武将(パートⅠ) 武田信玄

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甲斐の国を旅する機会があり、戦国の武将武田信玄の人となりを

垣間見ました。

NHKの大河ドラマでも二度ほど取り上げられ(至近は山本勘助

 

中心)、代小説などである程度の知識はありましたが、

 

現地では色々と新たな発見がありました。

 

現在、城郭跡は武田神社として祀られています。

 

ところが右隣(約200M)に当時の本物の本丸跡が発見され

 

発掘整備が進んでいます。

 

武田信玄は戦国一の軍団を作り上げた剛の者と知られていますが、

 

反面和歌を好み風流の道にも長けていたそうです。

 

又国内の治水工事を手がけ、信玄升と呼ばれる正確なハカリで

 

年貢を徴収し領民に大変信望厚き領主でありました。

 

    信玄の軍事的アイデア・風林火山

      情報機器

のろし台 国内の山の拠点に設置し、なんと越後の軍勢

(上杉謙信)が動けば半時で甲斐まで届いたようです。

      最新兵器

国内最強の騎馬軍団(機動力)を要していました。

      臨機応変

甲斐には金山が多くあり、そこで使用する火薬を

城攻めに使いました。

      食品開発

甲斐で有名な鍋料理<ほうとう>は武田軍の軍事食です。

      人材登用

武田二十四将と呼ばれる個性溢れる人物を登用しました。

 

 

信玄は隣国諏訪を滅ぼした後、領主頼重の娘・由布姫を

 

側室にしました。由布姫は尋常隠れ無き美人でしたが、

 

胸を患い25才で亡くなりました。

 

病は信玄にうつり、又諏訪神社のタタリが信玄の命を

 

ちぢめたとも・・

 

皆さんくれぐれも美人には気をつけましょう!!

 

甲府駅に溢れる信玄関連商品、信玄もち、

 

信玄カステラ、信玄アイスなど風林火山の旗印のもと、

 

信玄は現在でも山梨県最大のブランドです!!

 

現代に信玄が生きていれば、広告業界でも

風雲児となったでしょう。

 

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